令和3年9月10日(金)『歌舞伎9月公演、1部お江戸みやげ、須磨の写し絵。2部近江源氏先陣館の盛綱陣屋、女伊達』

昨日に続き、今日は、歌舞伎座の一部、二部を続けて観た。

一部が、お江戸みやげ、須磨の写し絵の二本立て。お江戸みやげは、茨城県の織物、結城紬の産地から、自分で織った反物を江戸に売りに来た行商のおばさん、いやおばあさん二人の物語である。先代の芝翫と富十郎で3回、近くでは、時蔵と又五郎で見た。今回は、現芝翫、勘九郎。父の芝翫は女形だが。当代の芝翫は時代役者で、女形の経験は少なく、老齢女性が、若い歌舞伎役者に、一世一代の恋をして、結城紬を売った金子を、全額、歌舞伎役者に使ってしまうのだが、田舎の老齢女性の手には届かないはずの、夢の様な恋という、心の変化を、うまく出せなかったと思う。芝翫が、商売熱心で、金に煩い、初老の結城紬の行商の女性になっていないからだと思う。まさしくニンにない役なのだ。芝翫になったのだから冒険も時には必要とは思うが、やらない方がいい。吉右衛門の後を狙う時代物役者に育って欲しいと思う。茨城の言葉なのか、栃木の言葉なのか、よく分からない、方言が耳についた。勘九郎のおゆうは、酒が好きで楽しんで暮らす派、お辻を芝翫、お辻は、計算高く、贅沢はしないという生活信条の女、この女が、歌舞伎役者に入れ込んでしまうのが、芝居としては面白い所で、ここに至る心理描写が楽しい芝居なのだが、ここを描けていなかった。勘九郎も、高い声で、喋り方を早くして、台詞を言っていたが、勘九郎自体が若すぎていて、老齢女性には見えなかったのが残念だ。やはり花形役者に、老齢のおばあさん役は無理だ。先代芝翫が死んで10年、10年祭と銘打って行われた今回、勘三郎と、三津五郎が生きて、お江戸みやげを演じたら、さぞ素晴らしい舞台になったと思う。

福助は、多少口跡が危なかったが、元気な姿を見せてくれたが、もし福助が病気にならず、歌右衛門を襲名していたら、お江戸みやげは、豪華な芝居になったろうと思うと、残念だ。

一部は、もう一本、須磨の写し絵。行平を梅玉、海女村雨を児太郎、松風を魁春が演じた。梅玉の行平の立ち姿が美しく、しかも気品があり、役者と、ニンの関係を強く感じた。最近、美しい役者も少ないし、更に気品を感じる役者もいない、梅玉は、舞台に出ただけで、気品さが漂う、貴重な役者だ。

第二部は、盛綱陣屋と女伊達の二本。幸四郎初役の佐々木盛綱は、堂々とした盛綱だった。首実験の際の、高綱の計略を感じ取って、頷いた際の、顔の表情が、実にはっきりと分かった。